【山行時間】
08:40蔦温泉-09:15崖上-10:05標高680m-11:30ピーク1001-13:00赤倉岳-13:35ピーク1001下-14:20標高680m-15:30蔦温泉
【山行記録】
冬の南部赤倉岳に登ったことがない。毎年3月、南八甲田周遊と称して、櫛ケ峯から乗鞍岳までは登り、すぐそこに見えるのだが、乗鞍岳で引返す。冬の赤倉岳に登るのであれば、仙人橋からではなく、やはり蔦温泉から登るのが筋であろうか。蔦温泉の標高490mから南部赤倉岳1300mまでは標高差810m。八甲田温泉600mから北の赤倉岳1520mまでは920m。南北八甲田ではこれに次ぐ標高差である。おのずと力が入る。
3月3日土曜日、週間予報によれば、南部地方は終日天気が安定しているらしい。1人でじっくり登ろうと作戦を立てていたところ、泊りがけ山行の予定がキャンセルとなった同行者も赤倉岳から蔦温泉に下ったことはあるが、登ったことはないので参戦するとのこと。登りに4時間、下りに2時間の予定である。
南ナガムデの崖上へは、できるだけ標高差の少ない楽な場所をと、菅沼の南側から登ることにする。もう3月なので雪質も安定しているだろうと足元はスノーシュとしたが、雪が深いうえに重く難儀する一方、同行者はスキーでスイスイ進む。途中、杉林を3か所ほど抜けて、緩い斜面から標高680m付近で勾配が変わり登り斜面となる。登るにしたがってブナの幹が太くなり、見ごたえのあるブナ林である。赤倉岳山頂に登ることが目的なので、1001ピークは帰路に寄ることにして、登りは鞍部に抜けるためにピークの南側を巻く予定。ここまで3時間弱。ようやくピークが見えてきた。
しかし標高980m付近はブッシュで巻けそうにない。しかたなくピークに立ち、鞍部に向けて下降し始めて、すぐに、このルートはスキーでの乗り越しは困難と理解する。とりあえず、痩せ尾根の雪庇の向こうまでルートを確保と、雪庇に注意して太い幹の谷側に足を出すと左足が腰まで抜ける。瞬時にヒドンクレパスを踏み抜いたことを知り、上半身を山側に投げ出して体が止まっていることを確認。目の前の枝を両腕で引っ張り下半身を抜き出した。身の安全を確認してからクレパスを覗くと幅1m深さ2m程度のV字型であった。尾根上を歩くことは危険と判断して、尾根から5mほど下がり、ピークの方向に引返すと同行者がスキーを背負って下りてきた。ここから引返すという。山頂までの高度差は300mなので、あと1時間強の登りを強いることもできず、1人で引返すことに同意。
鞍部に出て小高い丘を登ると山頂が見えた。切り立った山頂の三角形はとても勇ましい冬山の風情である。雪崩のおそれがあるので真っ白な三角斜面の直登は危険かと考え、南側の尾根にトラバースすることも考えたが、近づいてみると、山頂付近まで木々が生えており、雪崩のおそれはないと判断。10歩登っては休みを繰返しながら、頂上に向けて直登し、直下で南側の尾根にトラバースのうえ山頂を踏んだ。体力的にギリギリの山頂到着である。
山頂からは両ナガムデに囲まれた複雑な地形の中に赤沼が雪を被って浮かんでいる。初めて見る冬の南部赤倉岳からの景色である。東斜面を登っていたため山頂直下までは風がなかったが、山頂は西風が強く、長居は不要と早々に下山。山頂直下で風を避け、帰路の体力確保のため、行動食とともにアミノバイタルを1袋服用し、鞍部まで下りる。鞍部まで下りて初めて分かったことだが、1001ピークの南側、標高950m付近はブッシュが全くなく、見通しのよいブナ林であった。往路、ここを巻いて山頂を目指せばスキーでも何も問題なかったが、それは後の祭り。次回のための知識として頭の引き出しにしまう。
後は蔦温泉目指して往路を下りるのみである。コツコツ歩くも、足がピクピクと引き攣りそうになり、やむを得ず、腰を下ろして足を投げ出し、10分ほど足の負荷を解放。杉林を抜けようやく崖上に辿り着き、降下し始めると、急激に負荷がかかったためか、両足が引き攣って動けず、その場で5分ほど足を伸ばして痙攣が収まるのを待つ。菅沼に下りて再度登り返し、ようやくのこと、蔦温泉に帰りついた。最後は力尽き、バテバテであったが、当初計画どおり山頂を踏むことができ、達成感のある山行であった。
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